追善供養と年忌法要

追善供養と年忌法要

追善供養と年忌法要

故人の霊に供え物などをして、故人の冥福を祈って行われる供養を追善供養といいます。僧侶をお呼びして読経をしてもらい、参列者が焼香拝礼したのち宴を開きます。

追善供養と年忌法要

92-1 追善供養とは?

故人の霊に供え物などをして、故人の冥福を祈って行われる供養を追善供養といいます。僧侶をお呼びして読経をしてもらい、参列者が焼香拝礼したのち宴を開きます。
 初七日から四十九日までの法要を追善法要といいます。初七日とは、通夜・告別式に続いて最初に行われる仏事のこと。最近は、火葬後の精進落としの前に初七日の法要(読経)を済ませてしまうケースが増えています。
 初七日の次の法要が四十九日です。亡くなった後四十九日間は、この世と来世との中間をさまようといわれ、この間は服喪の期間とされます。
 初盆の法要は、四十九日を過ぎてから初めてのお盆に行います。四十九日よりも前にお盆が来た場合には、翌年に初盆の法要を行います。
 ちなみに、明治時代には服忌令という国が定めた決まりがあって、父母が亡くなったときは五十日、夫は三十日、妻と嫡子は二十日というように、親等別に服喪の期間が定められていました。もちろん、現在はこのような決まりはありません。四十九日目で忌明けとなり、服喪の期間が終わります。
 葬儀後の一区切りとして使われる四十九日という表現は仏教の用語です。もともとは、死後7日目ごとに7回の忌日を数えるものでした。これは故人が7日目ごとに生まれ変わるので、そのたびに供養するとか、あの世では7日目ごとに生前の行動の裁きが行われるので、罪を軽くするためなどといって読経が行われたものです。いまは人の集まる不便さなどから、告別式後に初七日法要をしてしまい、四十九日で忌が明けるとするのが一般的になっています。

92-2 年忌法要とは?

年忌法要も故人を供養する儀式です。命日から一年目、三年目、七年目など、節目となる年ごとに行われる法要です。一周忌とは、亡くなってから満一年目の同月同日のこと。それ以降の三回忌、七回忌は、三年目、七年目と数える際に亡くなった年を含んで数えます。
 年忌法要は、一、三、七、十三、十七、二十三、二十七、三十三回忌と続きます。まれに五十回忌、百回忌も営まれることがありますが、一般的には十七回忌で弔い上げとなります。七回忌の頃から法要の規模を小さくし、遺族だけで供養するようになります。弔い上げを終えると、仏壇の位牌の中から弔い上げが済んだ故人の戒名のものを片付け、先祖代々の位牌だけとなります。

92-3 年忌法要の進行

年忌法要は本来、亡くなった日と同じ月、同じ日の祥月命日に行うものです。ただし、遺族や参列者の都合を考慮して、命日の直前の土曜日や日曜日に法要を行われることが多いようです。
 年忌法要では僧侶の読経と参列者の焼香拝礼ののち宴が行われます。このときの食事を御斎(おとき)といいます。年忌法要でも香典を包みますが、法要のみ参列のときは1万円~3万円、法要と御斎のときは2万円~5万円を包みます。夫婦や家族で参列するときや、故人と親しい関係にあった人が参列するときは、さらに多い金額を包みましょう。
 一周忌、三回忌、七回忌などの年忌法要では、ご仏前にお花や果物をお供えする場合があります。また、宗派によっては故人の供養のためにお墓に卒塔婆(そとば)をつけることがあります。これらの費用は参列者が香典とは別に負担することになります。
 年忌法要に参列する際の服装は、通夜・告別式のときの服装に準じます。ただし、年を経るごとに略式でも構いません。施主や他の参列者に合わせるようにしましょう。
 年忌法要も十七回忌以降ともなると、参列する人も顔ぶれも少なくなってきます。年忌法要は故人を偲ぶことが第一ですが、同時に親戚や関係者が元気で集まれることを祝いにするという考え方もあります。

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